自由からの逃走と平坦な戦場

エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」を読んでいるんだけれども、ウイリアムギブソンのこの詩が頭の中でドッキング中。

私の頭の中では原典からの引用じゃなくて岡崎京子のリバーズエッジからの引用になってるんだけれども。

 

愛する人(みっつの頭のための声)
ウィリアム・ギブスン
黒丸尚 訳

III.

この街は
悪疫のときにあって
僕らの短い永遠を知っていた

僕らの短い永遠

僕らの愛

僕らの愛は知っていた
街場レヴェルの
のっぺりした壁を

僕らの愛は知っていた
沈黙の周波数を

僕らの愛は知っていた
平坦な戦場を

僕らは現場担当者となった
格子を
解読しようとした

相転移して新たな
配置になるために

深い亀裂をパトロールするために

流れをマップするために

落ち葉を見るがいい
涸れた噴水を
めぐること

平坦な戦場で
僕らが生き延びること


THE BELOVED (VOICES FOR THREE HEADS)
BY WILLIAM GIBSON
ROBERT RONGO: KYOTO SHOIN, 1991 

 

岡崎京子がこの詩を引用したのは、あの時代(経済成長まっただ中)の総中流社会の快適な満たされた環境のどうにもならない「毒」や「けだるさ」を平坦な戦場という言葉に託したのではないかとおもっていた。安定しているからこそ破綻の予感を社会に託すようなそんな雰囲気を。

自由からの逃走を読んでいて、ちょっと頭の中のもやもやを言語化できそうなので書きます。

 

自由からの逃走からの引用

本能によって決定される行為が、ある程度までなくなるとき、すなわち、自然への適応がその強制的な性格を失うとき、また行動様式がもはや遺伝的なメカニズムによって固定されなくなるとき、人間存在ははじまる。いいかえれば、人間存在と自由とは、その発端から離すことはできない。ここでいう自由とは「…への自由」という積極的な意味ではなく、「…からの自由」という消極的な意味のものである。すなわち、行為が本能的に決定されることからの自由である。

(中略)

中世末期以来のヨーロッパおよびアメリカの歴史は、個人の完全な開放史である。(中略)しかし、多くの点で個人は成長し、精神的にも感情的にも発達し、かつてなかったほど文化的所産に参加している。しかし他面「…からの自由」と「…への自由」とのズレもまた拡大した。どのような絆からも自由であるということは、自由や個性を積極的に実現する可能性を持っていないということとのズレの結果、ヨーロッパでは、自由からの新しい絆への、あるいはすくなくとも完全な無関心への、恐るべき逃避が起こった。

 この後に、ギルドの解体の過程で安定感と帰属感とを与えていた絆から開放され、資本主義によって経済的束縛から自由になった代償として、個人はひとりぼっちにされすべては自らの努力次第という世界へ投げ込まれることになった経緯が記述されている。

世界は際限のないものとなり、同時に恐怖に満ちたものとなった。

「…からの自由」を人間は際限なく求め続けている。幸福の飽和状態に耐えきれない感覚を私は知っている。自由は果たして存在するのだろうかとさえ思う。

ギブスンの詩の「平坦な戦場で/僕らが生き延びること」という言葉は、自由の多義性の中での自問自答のような気がしてくる。

きっと「僕らの愛」は「生き延びられない」ということを「僕」は知っている。

今がどんな時代かという問いに正確に答えられる自信はないけれども、次の「…からの自由」について考え始める時期に来ているのではないかと思う。そして世界はすでに動いている。